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HOME > 2013年7月-9月(No.6) > スペシャルインタビュー > (株)ニコン・木村眞琴氏

仕事のやり方を思い切って変えてみよう 新たな事業展開は「医工連携」の推進がカギに (株)ニコン 取締役社長兼社長執行役員 木村眞琴氏

新しい分野の仕事がしたい

―木村社長がお生まれになった1948年は、奇しくも伝説の小型カメラ「ニコン Ⅰ」が発売された年でもあります。なにやら因縁めいた話ですが、プライベートではどんなカメラをお持ちなのですか。

Nikon 1 V2
Nikon 1 V2
(写真提供:ニコン 以下、製品写真すべて)

最近は「Nikon 1」を愛用しています。気軽に持ち歩いて撮影が楽しめる、ノンレフレックスタイプの小型・軽量カメラです。暇さえあれば、シャッターを押していますね。あとは一眼レフとコンパクトです。いずれもデジタルで、被写体によって使い分けています。

娘が趣味でやっているバンドのライブ写真を2時間で500枚のペースで、「下手な鉄砲も数撃てば当たる」と撮ったこともあります。自分も同じようなことをして舞台に立った経験があるので、音楽の盛り上がりやさびの部分のどこでシャッターをきるか、どんな表情を撮るかを考えます。こういう時は一眼レフの出番です。私の撮った写真は、娘のブログなどで活用されているようです。
 

―日本光学工業(現ニコン)に入社されるほど。もともと、カメラがお好きだったのですか?

サーマルカメラ
サーマルカメラ

カメラというよりは、写真好きな少年でした。小学生時分から、父のカメラで車を撮っていましたから、写真歴は長いですね。父の仕事の関係で、写真を現像するための暗室が病院にあったので、技師さんに頼んで焼いてもらったり、覆い焼きの手ほどきを受けたりもしました。父の愛機は他社製でしたが、いつだったか「本当はニコンが欲しかった」と聞いたことがあります。

大学で学んだことを生かしたいと思って選んだ会社が、日本光学工業(現ニコン)でした。写真に近い仕事をやりたいというよりは、なんでもいいから新しい分野の仕事がしたいと思っていました。入社後、私の最初の仕事は、赤外線を使った「サーマルカメラ」の開発でした。これは、温度分布を視覚的に捉えるもので、空港の検疫所などで帰国者を待ち受ける監視カメラの原型のようなものです。入社してすぐに希望どおり、これまでにない新たな分野の仕事に関わることができたので、本当に毎日が楽しかったです。何をやっても面白かったので、1日24時間、朝から晩まで仕事に没頭しました。
 

―いわゆる、汎用型のカメラとの関わりは。

サーマルカメラの開発に1年半ほど携わった後、カメラ設計の部門に移りました。担当したのはカメラボディの下部に取付けている、フィルムを自動で巻き上げるモータードライブ装置です。その内部機構系の一部を任されました。ところが、上司に図面を提出すると「コスト意識がない」と叱られました。以前担当していたサーマルカメラは、部品が高いのがあたり前でした。それと同じ感覚で部品を選んでいたため、倍以上のコストになってしまったのです。もちろん、汎用型のカメラですから、これでは商売になりません。この時の経験は、コストを考える上で大きなきっかけになりました。後年、フラッグシップ一眼レフとしては3代目の「F3」を担当した時には「決められた仕様どおりに迅速にやれ」と納期について叱られました。より良いものを作りたいという想いから、丁寧に時間をかけてしまい納期が遅くなったからです。当時はうるさいと思いましたが、設計に関わる者にとって「コストと納期」は絶対に外せない条件です。その大切さは、いまだに身に染みています。

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