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HOME > 2015年04月-06月(No.13) > コラム・エッセイ > 温故知新「日本のテレビの父-高柳先生にうかがう」Part1
温故知新 石川馨先生からの時を超えたメッセージ

『品質管理』誌 1972年2月号「着想と実行」より
日本のテレビの父-高柳先生にうかがう Part1

とき:1971年(昭和46年)12月15日

ところ:日本ビクター・本社事務所

語り手:高柳 健次郎 氏(日本ビクター 副社長)

聞き手:久米 均 氏(成蹊大学 助教授 経営工学科)

※ 掲載内容、聞き手、話し手の所属は、1971年(昭和46年)の掲載当時のものです。
※ 掲載にあたり、現代仮名遣いに改めるほか、用字用語の統一や誤字修正を行い、読みやすさに配慮して再編集を行いました。

大題目は時間をかけて選定

久米

高柳さんは日本ではじめてテレビジョンを手がけられた方ですが、着想という面から、なにか新しいものをつくっていく場合にその展開のしかたにいろいろ問題があろうかと思います。その辺のところをいろいろとおうかがいしたいと思います。

高柳

着想にはいくつか種類がございまして、テレビジョンの研究というような非常に大きな題目、その中でどういう方式をとったらよいかという中題目、それから撮像管はどうするか、増幅器はどうするかという小題目があります。そのどこにも本当は着想して従来の殻を破らなければならないものがみな含まれています。

そこで第1に、問題を発見しクリエイトするというか、なにもないところに問題が提起することが必要じゃないかと思うのです。

たいへん口はばったいのですが、私がテレビジョンの研究を思いたったのは、実は偶然ではないのです。私は今の東京工業大学の前身である東京高等工業(蔵前)を出たんですが、卒業する時に初代学長になられた中村幸之助博士から"お前たちは卒業したら世の中のためになることをしなければだめだ。とかく今の若い人は、水力発電のように今流行っているものをやりたがるが、それではだめだ。実は今ときめいている人たちも、昔、送電線もない山奥へやられるのが嫌で嫌でしょうがないのを、おれが説得してやって、10年たち15年たって、現在そのほうの権威者になって大活躍しているんだ。だから君たちも卒業したら、だれに認められなくても下積みの仕事をやりなさい。そして、10年、20年たった時に世の中が一番必要とするものを生み出すように努力すればいいじゃないか"というお話があった。そこで、10年、20年たって世の中に必要となるものはなにかということで、卒業してからその題目を3年間いろいろ探し求めたわけです。

大正10年に卒業したのですが、当時アメリカでラジオがはじまったという話を聞きまして、ひとつラジオをやってみようかと思ったのですが、鯨井先生とか横山先生とか大先輩がすでに研究されている。なにか他にいい題目はないかということで、月給をはたいて外国の電気雑誌を読みあさったのですがピンとくるものがない。そこで、アメリカに行けばなにか見つかるかと思いまして渡航を計画したり、横浜で外人と接触するようにいたしました。しかし、なかなか良い題目が見つからなくて悩んでいました時に偶然大正12年にフランス雑誌にテレビジョンという題目があることがわかったのです。先輩の人たちが皆ラジオの研究をされているから、その間にひとつ10年計画でテレビジョンの研究をやってやろうということで思いたったわけです。

こんなわけで、題目を見つけるというのが私としては偶然ではなくて、長い間いろいろ探し求めて最後に見つけたということです。ですから、大題目の選定ということがまずたいへんむずかしい問題で、企業になりますと趣味だけではやれませんから、その結果が企業にどのように貢献するかが重要なことであり、あらかじめエヴァリュエーションもやって研究投資としてこの題目をやってもいいかということが決められるのではないかと思います。大学とか国の基礎研究所では、技術そのものとかあるいは科学そのものの新しい領域を開くということが、いずれは長い目で見れば皆さんに貢献していくという立場でやれますが、企業体ではなかなかそうはいきません。

久米

いわゆる電子管式のテレビジョンを完成されたのはいつごろでしょうか。

高柳

受像器の方はわりあい早く進歩したのですが、送るほうがなかなかうまくいきませんでね。何回も行き詰ったあとに全電子式でやって、440本くらいの走査線を使って大体現在のものに近い映像が送れるようになりましたのが、1936(昭和11)年です。

久米

非常に長くかかったと申しますか、企業でおやりになったらその企業はつぶれているんじゃないかと思いますが(笑)。

高柳

そういうことなんですよ。テレビジョンというのは、それだけ問題が複雑でありむずかしかったわけです。また、どの程度になれば実用になるだろうかという評価も非常にむずかしかったわけです。私もしょっちゅう新聞、雑誌、映画などを見ていろいろ比較しまして、最低限としての映像の品位は、結局、走査線数441本以上、毎秒像数60以上なければならぬと考えましたので、この撮像、受像および電送に非常に技術的困難があったためです。

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