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HOME > 2015年7月-9月(No.14) > コラム・エッセイ > 第14回「安全・安心は企業が提供する物・サービスの根幹」
テーマ[安全・安心]

第14回
安全・安心は企業が提供する物・サービスの根幹

「安全と安心」は私たち日本人にとって日常生活にあるのが当たり前であり、水と空気のようなものです。そのため、当たり前にあることに何とも思わず、有難みも感じず、大切さもわかりにくい。しかし、それがなくなるといかに大切であるか、生存に欠かせないものであるかを痛感させられます。

近年は、消費者のそうした安全と安心志向が高まってきており、企業の業績や行動に大きな影響を及ぼしています。

安全と安心の価値

文字どおり水と空気、土壌の安全と安心が壊れたのが東日本大震災でした。水道水の安全への不安から、ペットボトルやウオーターサーバーが求められ、野菜も水や土壌汚染の不安から、震災地の近くで育った野菜は避けられました。この時ほど、消費者が他の何にもまして安全に対して敏感になり、安心感が重視されたことは近年ありませんでした。東日本大震災は消費者のこれまでの安全と安心への価値観を完全に覆し、安全と安心が守るべき重要な価値であることを再認識させました。

たとえば、ある農産物直売所では、ホットスポット風評が出て2009年以降は売上高が急減しました。今でもまだその影響は完全には消えていません。

また、食物の安全性に関していえば、2000年から2008年にかけて、食品業界で雪印乳業の集団食中毒事件や、中国製冷凍ほうれん草や枝豆からの残留農薬事件、中国製冷凍ギョーザ事件など、食の安全性を脅かす事件が相次いで起こり、国産品や生産者の顔が見える直売所の農産物の安全性・安心さが消費者から高く評価されました。

消費者の野菜購入時の重視点についてJC総研で公表されている『野菜・果物の消費行動に関する調査結果(2009年~2011年)』[1]をみると、2008年は1位が鮮度83%、2位が国産品68%、3位は価格が安い58%となり、価格以上に安全な国産品が重視されました。他方、その後は不況による価格志向が高まり、2009年~2011年にかけて国産品重視が42%から32%まで低下し、1位の鮮度と2位の価格の安さが各々70%前後、60%弱と重視されています。

農産物では、そうした消費者の鮮度と価格志向、また基底にある安全志向に呼応して、2009年以降は、スーパーが価格志向一辺倒ではなく、安全・安心や鮮度の訴求も重視するようになり、国産野菜の特売コーナーや地場野菜コーナー、インナーショップ(店内直売所)を設置する店が増加しています。

雪印とマクドナルドの失敗事例

安全と安心が従業員の意識と行動に徹底されず、想定外の事態が発生して主力商品の安全性を損ね、さらに組織の対応の不手際による安心感、信頼性を傷つけた場合の業績への影響は甚大です。

2000年6月27日の雪印乳業(株)大阪工場製造の食中毒事件では、報告があった有症者数が14,780名に達しました。原因は、停電により工場の製造ラインが止まり、マニュアル外のことでその対応ができずに菌が増殖し、乳材料に毒素が発生したことに起因します。この乳材料が、本来廃棄処分すべきところ、製造に回され毒素残存脱脂粉乳となり、大阪工場でこの 毒素残存脱脂粉乳から乳製品を製造、出荷したことが食中毒につながりました。

さらに食中毒発生後、社告の掲載、記者発表、製品の自主回収などが遅れ、食中毒の被害が関西一円に拡大し、近年、例をみない大規模食中毒となりました。この食中毒で雪印乳業は社会からの信頼をなくし、主力の牛乳事業が落ち込み、3月期連結最終赤字が529億円となり、大阪工場など2工場の閉鎖に追い込まれました[2]

日本マクドナルドの期限切れ鶏肉問題の場合は、書籍でも『マクドナルド 失敗の本質:賞味期限切れのビジネスモデル』[3]とタイトルになっているように、ビジネスモデル自体が時代の流れに合わなくなってきていたことが前提にあります。しかし、2014年7月にチキンナゲットの鶏肉の一部供給元である中国の食品会社で、使用期限切れの鶏肉を使用していることが判明し、商品の安全性が損なわれたことで業績に与えた痛手は大きいです。2014年12月期決算は、売上高が前年比14.6%減の2,223億円、純利益は前年度の51億円の黒字から218億円円の赤字に転落しました。2015年第1四半期でも売上高は前年比34.4%減の409億円、純利益は146億円の赤字で業績の回復はみえていません。今は崖っぷちです。

安全・安心を商品・サービスの中核として差別化

消費者の安全・安心意識の高まりに対して、企業は今後どう対応していくべきでしょうか。安全・安心の維持・強化には何が必要なのか。まず自社の商品・サービス、業務にとって安心・安全・安心を消費者に提供し、信頼感を得るには何が必要なのか。どういう企業・事業理念や商品コンセプト、行動規範、具体業務や商品内容がそれにつながるのか。さらに、そこに自社らしさを付け加え、差別化を図ることは可能なのか。と、何ができるかを自問自答する必要があります。

安全維持のための対策は、どこまでの場合を想定するか。その対応に漏れがないか。確実に安全が維持されるかを考える必要があります。さらに安心は、安全が確保されて、+α(プラスアルファ)の安心感が得られなければなりません。自社がどういう特徴的な安心感を付け加えられるか、さらにどのようにそれを消費者に伝えるかが課題となります。

その1つの例として、安全・安心を商品・サービスの中核として提供しているのが「里山十帖」の商品・サービスのコンセプトです[4]。2014年5月に開業した宿「里山十帖」は、開業3カ月で客室稼働率92%を記録しました。全国の旅館ホテルの客室稼働率は、2013年のデータでは66.3%(観光庁・宿泊旅行統計調査)です。アクセスは上越新幹線越後湯沢駅から在来線に乗り換えて約10分、大沢駅を下車して車で5分、従来から考えると宿の成功は100%あり得ないだろう新潟県の奥地の大沢山温泉にあります。

里山十帖は、ライフスタイル雑誌「自遊人」の編集長である岩佐氏がライフスタイル提案型複合施設としてデザインしたもの。客層のターゲットを絞り込み、その客層にリアルな体験をしてもらうことによって、共感メディアとなることをめざしています。居心地の良い空間を提供し、さらに安全性と快適性を追求することが、商品・サービスであり、一番のもてなしと考えています。

「空間」では、プライベート空間の快適性を重視し、防音や空調設備にお金をかけ、居心地の良い家具、寝心地の良い寝具にコストをかけています。「安全性」では、羽毛布団の羽の安全性に関して、水鳥がどのように育てられ、羽としてどのように加工されたかまで追及しています。さらにもっとも重視しているのが、食品の安全性と素材の味です。食材はすべて「顔の見える」生産者のものであり、味も徹底的に吟味して有機野菜や無農薬栽培の野菜などを中心に、安心できる食材を各地から集めています。生産者たちともコミュニケーションを取りながら、生産者の人柄が出るような料理を心掛け、料理には一切添加物を使わない。伝統技法の無添加の調味料を使った、そうした料理を提供することが「もてなし」と考え、安全・安心と快適が、里山十帖の価値、そしてほかのホテルとの差別化となっています。

このように里山十帖では、安全と安心を自分たちの商品・サービスの中核として自分達らしくコンセプト化、具体化して商品力を強化・差別化し、自社・自製品の強みとしています。安全・安心は企業が維持・強化すべき根幹です。それが損なわれると企業・事業が根本から揺らぎます。里山十帖のように、安全・安心を企業・事業理念から行動規範、さらに業務内容にまで具体化して自社の強みとするなど、事業や商品・サービスの差別化の武器として展開していく方向も期待されます。

安全・安心を維持・強化することは地道な作業であるだけに、現場の日常作業で従業員1人1人がその心構えと行動を徹底していないと達成できません。だからこそ、安全・安心が強みとして差別化できればこれほど強い優位性はありません。もう一度原点に返って自社の安全・安心を総点検し、その仕組みを強化・再構築することが競争力強化の大きな武器となることは間違いないでしょう。

参考文献

[1] JC総研:『野菜・果物の消費行動に関する調査結果(2009年~2014年)』、<http://www.jc-so-ken.or.jp/>、(参照2015-7-9)。
[2] 中尾政之:「雪印乳業の乳製品による集団食中毒事件」、『失敗知識データベース-失敗百選』、<http://www.sozogaku.com/fkd/cf/CA0000622.html>、畑村創造工学研究所。
[3] 小川孔輔(2015):「マクドナルド 失敗の本質: 賞味期限切れのビジネスモデル」、東洋経済新報社。
[4] 岩佐十良(2015):里山を創生する「デザイン的思考」、KADOKAWA/メディアファクトリー。

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