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HOME > 2016年4月-6月(No.17) > コラム・エッセイ > 第18回「安全・安心」
テーマ[安全・安心]

第18回
安全・安心

2005年に大きな社会問題となった構造計算書偽装は、地震国日本において建築基準法に定められた耐震基準を満たさないマンションやホテルなどが建設されていたという事実により、日本国中を震撼させた。この事件は1人の一級建築士が、構造計算ソフトウエアの計算結果を改ざんし、建築物の安全・安心を大きく揺るがす事件だった。建物の建築確認・検査を実施した行政および民間の指定確認検査機関も改ざんを見抜けなかった。

それから10年が経過した昨年10月、今度は建築物の工事にかかわる疑惑が発覚した。横浜市のマンションで隣り合う2棟の建物のジョイント部に約2㎝の段差があることが明らかになった。原因調査の過程で、基礎杭が支持層に到達していない可能性があることが明らかになり、到達を裏付けるはずのデータの流用が確認された。この物件を請け負った企業は、他にも過去の工事3,052件のうち360件のデータに不正がみつかった。また、それ以外の同業他社においても8社56件で同様の不正が判明した。杭打ち工事は下請けが担う場合が大半だが、元請けへの報告は、全体の杭打ち終了後に一括して報告することが常態化していた。現場責任者が杭打ち工事の途中で一部のデータ紙を失い、他データを流用して体裁を整え、報告していたとされている。

品質保証に関する重要な原則として、“事実にもとづく管理(Fact Control)”がある。経験や勘に頼るのではなく、データや事実にもとづいて管理するという行動原則である。事実にもとづく記録を見ることによって、結果をもたらすプロセスの有効性を実証し決定することができる。また、データは必ずバラツキをもつ。これはプロセスにかかわるすべての条件を一定にすることは、技術的・経済的に困難な以上、不可避といえる。したがって、“事実にもとづく管理”の原則を実践する上で、適切に「統計的手法」を活用することが重要となる。しかし、すべては“事実が正しい”ことが前提である。今回の杭打ち工事問題のように“事実にもとづかない”データの流用は、品質保証の枠を越えた忌々しき問題である。

昨年12月、今回の問題で国土交通省の有識者委員会は、5つの論点で中間報告をまとめあげた。

① 安全・安心と信頼 : 国民の信頼回復のため、再発防止に全力で取組む
② 業界の風潮、個人の意識 : データ流用を許容しない風潮等の醸成
③ 責任体制 : 発注者・設計者・元請・下請等の各々の責任を果たす役割
④ 設計と施工 : 地盤条件等共有と現場に即したルールによる施工
⑤ ハードウェア : 機械等の高度化・IT技術の活用
出典元:基礎ぐい工事問題に関する対策委員会:「中間とりまとめ報告書(平成27年12月25日)」、
http://www.mlit.go.jp/>、国土交通省ホームページ。

今回のデータ流用は、現場の杭打ち工事責任者のミスがきっかけだった。しかし、そのミスが放置されていたことは、施工データの記録・提出を重視しない風潮に起因し(上記②)、責任体制も不明確であった(上記③)。目に見えない地盤を対象にする杭打ち工事は知識と経験がものをいい、施工データは下請自らが適正に施工したことを元請に示すための重要な資料である。しかし、現場で偶発的に生じる機器の不具合や単純なヒューマンエラーなどが起因するトラブルが、今回の引き金となった。データ流用の再発防止を図るためには、エラーの芽を未然に摘むために、ハードウェアの高度化・IT技術の活用を進めるとともに(上記⑤)、エラーは必ず起こりうるという前提に立ち、エラーが発生した場合のルールを明確化する必要がある(上記④)。さらに、IT化を進め、データを適正に計測しエラーを補完するシステムが必要である。その結果として、安全・安心と信頼がもたらされる(上記①)

この中間報告会見で委員長は、「問題は当事者の意識がしっかりしたモノづくりを離れ、データの体裁を整えることにかわってしまったことだ」と指摘した。このことは、他業界も対岸の火事でない。今回の本質的な問題は、杭をしっかり支持層に届かせ、建物の安全性を確保するという目的を忘れ、書類の体裁を整えることを目的化してしまったことだ。企業社会では、過当競争や能力主義などの重圧によって、道を踏み外すような事態はいつでも起こりうるという認識をもつことが重要である。また、従事者の意識・意欲・モチベーションの維持・向上が図れているか、役割や責任に見合った処遇となっているのかなどの認識も忘れてはならない。「製品・サービスの安全・安心は、従事者の安心・安定と深く関係」があると、今回の問題で考えさせられた。

(J・A)

参考文献

  • (1)基礎ぐい工事問題に関する対策委員会(2015):「中間とりまとめ報告書(平成27年12月25日)」、<http://www.mlit.go.jp/>、国土交通省。
  • (2)日本品質管理学会編(2009):「新版 品質保証ガイドブック」、日科技連出版社。

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