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HOME > 2016年07-09月(No.18) > 連載 >失敗事例から学ぶ:はじめに(東京大学大学院 濱口哲也)

濱口 哲也 氏
東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻
社会連携講座 特任教授
株式会社濱口企画 代表取締役
濱口 哲也 氏

はじめに

仕事で何らかの失敗が起こったとします。機械が故障しているわけでもなく、地震・津波などの天変地異もなかった。この場合、失敗の原因は100パーセント人間側にあります。「失敗」と呼ぶからには、主語は人間です。主語が機械である場合、それは「失敗」とはいいません。それは「故障」というのです。機械は自ら「失敗してやろう」とは思いません。主語が地震・津波などの天変地異の場合も「失敗」とはいいません。それは「不可抗力」というのです。したがって「失敗」と定義されるかぎり、主語はあくまでも人間です。私たちは失敗を分析する時、「人間が(主語)」にはじまり、「どこで」「どんな失敗をした」を明らかにする、つまり失敗を定義することから入らなければいけません。たとえば、「失敗を発見した経緯」を不具合事象と呼んでいたり、「電圧が高かったこと」や「部品が破壊したこと」を失敗と呼んでいたりする場合が非常に多いです。まるで、機械や物理現象が失敗したようなストーリーです。発見の経緯は失敗ではありませんし、その物理現象を起こさせたのは人間なのです。それをきちんとわかっていない人が、とても多い気がします。

人間の失敗とは何か

ヒヤリハットは失敗ではありません。人間が何らかの行動をミスした場合に、それは「失敗」となるのです。

では、人間の行動のスタート地点はどこにあるのでしょうか。それは常に人の「頭の中」にあります。何かを考え行動した、あるいは何かを考える必要があったのに考えずに行動してしまった。そのために失敗に至ったのです。行動を起こす時、無意識、あるいは意識的でも、そのスタート地点は人の頭の中にあります。

本来であれば、スタート地点である「頭の中」から「失敗」に至るまでの間で、どこかの途中で誤りに気づき、Uターンして返ってこなければいけなかった。それができていれば、「失敗」というゴールに到着することはなかったはずなのです。

一連の行動でどこを改善するのがもっとも効率がいいのか。それは、スタート地点である「頭の中」を改善することが、一番効率が良いと私は思っています。「なぜ、それをしようと思ったのか、またはしようと思わなかったのか」という失敗の根本原因ともいえる最初のポイントを「動機的原因」と呼んでいます。

たとえば、今、目の前にAとBという2つの道があったとしましょう。そしてBの道を行ったことで失敗した。本当は、Aの道を行かなければいけなかったとします。

ここで問題にしたいのは「なぜ、Aの道ではなく、Bの道を行こうと思ったのか」ということです。なぜ、Bの道を選択するという判断をしたのか。その動機的原因こそが、この失敗における根本原因なのです。その考え方を変えなければ、何回でも同じ失敗が起こります。「失敗」へ至るスタート地点は、人の頭の中。すなわち、その「考え」にあります。たとえ何も考えなかったとしても、なぜ考えなかったのか。そのこと自体を考えなければならないのです。

あなたを失敗に向かわせたもの

結論をいえば、あなたの中に潜む「考え(根本原因)」がひっそりとワナ(罠)を仕掛け、あなたを失敗へと導いたのです。

日々、誰もが一生懸命に仕事をして、誰も失敗しようと思っているわけではありません。ところが、ある日たどり着いたのが「失敗」というゴール地点。「失敗」という目に見えない恐ろしい敵が、あなたをワナ(罠)に嵌めたとしかいいようがありません。皆が成功しようとして、それなのにどこかで道を誤り、失敗してしまった。これは、失敗に至るまでのどこかにワナが潜んでいたのです。

しかし、ここでいうワナは“人が人を罠に嵌(はめ)る”という話ではありません。失敗学におけるワナの定義は、「人間に間違った判断をさせる、あるいは人間の気づきを妨げる落とし穴」です。一見正しそうに見えますが、実は間違った考えであることを指します。これが動機的原因であり、根本原因であると私は考えています。ここを退治しなければ、何回でも失敗が繰り返されることでしょう。

上位概念と下位概念で考える

図1 樹形図

図1 樹形図

樹形図(図1)をご存知だと思います。一番上に頂点があり、下にいくにしたがって枝分かれしています。一番上が「根本原因」、一番下が起こってしまった「事例」です。みなさんが日々相手にしているのは、現場で起こった「事例」です。「あんな失敗があった」「あんな手続きのミスがあった」という事例は、日々の仕事の中で最終的には100万通りもの事例となるかもしれません。

その現場の失敗を事例の「直前」で止めようとすると、失敗事例の数だけマニュアルやチェックリストができてしまい、マニュアルやチェックリストの洪水におぼれるような会社が出来上がってしまいます。

もちろん、私はマニュアルを否定しているわけではありません。100万通りのマニュアルやチェックリストでガンジガラメにして失敗を防ぐのも一つの方法です。ただ100万通りのマニュアルやチェックリストをつくるのは非現実的であり、効率もよくありません。ましてや末端階層である事例に対策を打っているうちは、未然防止はできません。上位階層に登って概念をとらえないかぎり、未然防止や水平展開はできないのです。

これから「失敗学」について全4回にわたって紹介します。一番のキーポイントは、100万通りもある現場の失敗に翻弄される現実があるなら、一度、それらの失敗の「上位概念」に登って、一つの頂点を考えてみませんかという提案です。

あらゆる失敗は、いくつかの頂点から枝分かれしていった結果で表現することができます。その失敗が、もしも製造工場で起これば爆発事故になりえるし、病院で起これば医療事故にもなりえます。最終結果末端事象が違うだけで、頂点が共通であることは山ほどあるのです。

実はその頂点の種類に関して医療現場の失敗を分析した結果、人間が起こす失敗事例の頂点は「11種類」に分類できることがわかりました。他の職種や業界でも、同じような構造になっていると思われます。

根本治療にトライする

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事例を交えて説明します。

たとえば、あなたに小学生の子供がいたとします。学校で同級生を叩いてしまった。さて、あなたはどのような行動をとるでしょうか。

あなたが子供の成長を願っているのなら、何よりもまず「なぜ叩いたのか」と、その動機的原因を調査しますよね。ではなぜ、動機的原因を調査するのでしょうか。それは動機的原因を修正することこそが、根本治療になることを本能的に知っているからです。動機的原因を修正することができれば、叩いたという行動が良くなかったという「理由」を理解し、「それならばイジメも良くないな」「嫌がらせもよくないな」と叩くという行動以外の他の行動にも応用が利き、自分で良し悪しの判断をして、正しい行動をすることができるようになるのです。

すなわち、根本原因を退治したいのであれば、個々の末端行動に対策をうつのではなく、動機的原因である人の頭の中の「考え(根本)」を修正(治療)する必要があるのです。根本原因を取り除くことができれば、同じ失敗が繰り返されることはなくなります。

また、「根本治療」の対義語に「対症療法」があります。

「対症療法」とは、発症した症状ごとに策を講じることをいいます。たとえば、エボラ出血熱には、残念ながら根本的な治療方法はありませんが、対症療法はできます。出てきた症状、たとえば「熱が出た」ら解熱剤を飲み、「関節が痛い」なら痛み止めの注射を打つなどの対症療法があります。それによって熱が下がり、間接の痛みは消えるかもしれませんが、患者の身体からエボラウィルスが消えたわけではありません。

私は失敗に関して、このような対症療法ではなく、根本治療をやりましょうと提案しています。つまり、100万通りのマニュアルやチェックリストのような対症療法を行うのではなく、問題の本質である根本原因に対して策を講じる根本治療をやりましょうということです。

この連載では、このあと4回にわたって「失敗事例から学ぶ」をテーマに話を進めます。

  • ●パート1『失敗学のエッセンスのフレームワーク』では、失敗事例から学ぶための分析方法を提示します。その上で、「パート2」から「パート4」では個々の内容のとりわけ重要なところをさらに深めて説明していきます。
  • ●パート2『上位概念を用いた分類・分析結果』では、医療現場のインシデント・アクシデントを分析することで発見された「11種類」の根本原因について明らかにします。
  • ●パート3『確認不足の落とし穴』では、現場でありがちな「原因は私の確認不足でした、以後十分注意します」といった日本の美しい反省文化が、実は役に立っていなかったり、場合によっては無責任であったりすることを示し、有効な対策を提案する考え方を示します。
  • ●パート4『失敗学の特長と他の手法との比較』では、他の手法技法と比較しながら、あらためて失敗学の特長をまとめ、皆さんの業界でも応用がきく失敗学を紹介していきます。

また、皆さんの理解を深めていただくために、各回の終わりに本文の内容に沿って【事後課題】を提示します。ぜひ、ご自身の仕事に置き換えて考えていただくことをお勧めします。全4回にわたってご紹介する本稿が、皆さんの職場を劇的に変え、大いなる成功に導くことを切に願っています。

※本稿は著者の許可を得て、新たに内容を追記して改訂しています

[参考文献]

  • [1]濱口哲也(2012):「失敗の本質を見抜き 再発・未然防止を行えば医療界全体の質向上につながる」、『最新医療経営 Phase3』、2012.6、日本医療企画。
  • [2]濱口哲也(2012~2014):「“医療版失敗学”のすすめ」Part1~11、『医療経営の理論と実践』、No.3~13、日本医療経営実践協会。
  • [3]濱口哲也(2013):「“医療版失敗学”のエッセンス-インシデントから学び、真の医療安全にトライする」、『看護展望』、vol.38.no.11、メヂカルフレンド社。

濱口 哲也(はまぐち てつや)氏

1986年東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻修士課程修了、同年に日立製作所入社、1998年東京大学工学博士、2002年東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻 助教授、2007年東京大学大学院工学系研究科社会連携講座 特任教授。現在に至る。

[著書]

  • ・濱口哲也(2009):『失敗学と創造学―守りから攻めの品質保証へ―』、日科技連出版社。
  • ・中尾政之、濱口哲也、草加造平(2008):『創造設計の技法―東大創造設計演習に学ぶ設計の奥義』、日科技連出版社。
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▼濱口哲也氏が講師を務めるセミナー

  • ・「失敗学と創造学セミナー」
    さまざまな失敗や不具合、トラブルに対し、その解決策・未然防止策の一つとして、「失敗学」と「創造学」について学びます。「失敗のとらえ方と有効活用」「視点・思考の転換による『気づき』と『創造』」「技術・発想のブレークスルー」などを学びたい方におすすめのセミナーです。
  • ・「業務効率向上のための倫理的伝達力マスターセミナー」
    「行間を読む」という言葉があるように、日本語には「あいまいな」表現が多く、聞き手が話の流れを捉え、その意図を汲み取るということがままあります。しかし、意図や解釈の読み違いは、仕事のトラブルにも結び付きます。このセミナーでは、論理的な言葉の組み立て方、伝達の仕方や、そのために必要な論理的な考え方を習得いただくことができます。
  • ・「組織力向上のためのリーダーシップ・マネジメントセミナー」
    いま日本で起きているマネジメントの実状や悪さを論理的に解き明かし、そこからマネージャーとして日常から意識し、真のリーダーになるための目の付け所や行動原理を「主導者」「教育者」「上司」の視点で学んでいただき、実戦できるシンプルな対抗策を導き出します。

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