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HOME > 2017年01月-03月(No.20) > コラム・エッセイ > 第24回「誰に聞いたら良いのか、この商品?」
テーマ[過去・現在・未来]

第24回
「誰に聞いたら良いのか、この商品?」

「あまちゃん」以来、朝ドラ好きになった私は、「とと姉ちゃん」も欠かさず録画して見ていた。「暮らしの手帳」を創刊した大橋鎭子さんをモチーフにしたドラマだ。モデルではなく、モチーフだと公表しているのがみそだ。あくまでドラマの題材であり、事実とは異なる展開になっても良いという意味らしい。「真田丸」も真田信繁をモチーフにした歴史ドラマということになる。

さて、その「とと姉ちゃん」では、8月後半からは主人公率いる「あなたの暮らし」社の看板である商品テストがテーマとなっていた。新聞社主催の家電メーカー5社との洗濯機の公開試験の場面は興味深かった。ドラマ故のステレオタイプにしたのだと思うが、メーカー側は試験用の汚れた布で適正にテストしたと主張したのに対し、「あなたの暮らし」社は普段使っているシャツによる商品テストを行っていた。その結果、脱水テストでボタンが割れてしまったシャツを示し、その欠陥部分を指摘した。そういえば、昔は洗濯機にローラーが付いていて、親にせがんで回していたことを思い出したが、この欠陥や他の使い勝手の部分での問題点を指摘し、「あなたの暮らし」社の商品テストの適正さがあらためて世の中に認められるという結果になった。

高度成長期から現在に至るまで、企業も顧客視点を意識した厳しい品質管理の下で生産し、顧客が期待する商品を提供している。一方、雑誌社や新聞社などのメディアも、顧客へのアンケートやインタビューなどによって、商品の満足度や好みの傾向を分析して、厳しい評価を行っている。この両方が、品質に対する不断の努力を推進させているのだと思う。そして、今やメディアだけでなく、ネット上に無責任な声を含めて顧客の声があふれており、どの声を分析すれば、商品の改良や新商品に活かせるのかが難しくなっている。

高度成長期に向かっていった私の子供時代、世の中等しく貧しく、お小遣いもそんなにもらえなかった。自分が食べるお菓子も、親が買ってきてくれたもので、母親の基準で選ばれたお菓子である。きっと、それが私にとっての「おふくろの味」となっていったのであろう。とすれば、当時子供用のお菓子メーカーとしては、母親の声が重要だったに違いない。

中高時代も、参考書は親の金で買うため、自由に買えなかった。本屋に行き、ならべられている参考書や問題集を手に取って悩みながら買うこともあったが、同級生から「○○が良い」とか、少し上の先輩から「これが良かったぞ」なんて言われて買った参考書のほうが、役立った。とすれば、中学生向けの参考書を出版する会社にとっては、その上の高校生の声が鮮度も重要度も高いということになる。

息子がまだ小学生だった時代、車を買い替えた。まだまだ私の給料では高価すぎたので、カタログを見て真剣にスペックや装備品を比較し、何台か試乗した。ワクワクする時間だった。しかし、実際に買った車は、私が買おうとした車ではなかった。妻や息子に試乗のたびに「窓が大きくて、景色が見えるこっちの車がいい」「後席のすわり心地は、こっちの車がいい。あっちの車は、ふわふわしていて車酔いする」などと言われ、結局妻と息子が決めた車となった。とすれば、耳を澄ます相手は私ではなく、購買決定権者である妻と息子の声が重要ということになる。私が気に入った車を扱っていたセールスマンには悪いことをした。

現在は、ネット上に購買をそそる情報があふれている。またそれぞれに対して、さまざまな声も発信されている。とすれば、企業が耳を傾ける相手は、人ではなくて「ビッグデータ」ということになるのだろうか。いやいや、人には表情があり、感情がある。話す内容の文脈も重要である。人に直接接して、耳を傾けることも忘れてはいけないと思う。

さて私が介護を要するようになった未来、相変わらず、私はネットでいろいろな商品を見て、購買意欲は衰えていないに違いない。本人は意識していないが、軽い認知症も患っていて、必要もないものを買うと言っては息子や介護者を困らせているかもしれない。とすれば、少なくとも私に直接聞くことは、無駄だろう。これはたしかである。

(J.M)

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