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HOME > 2012年4月-6月(No.1) > 特集 > 品質の創造「富士フィルム」

特集 品質の創造 魅力的品質の誕生から未来 シンプル&ストレートは自信と誇りの裏付けがあってこそ富士フイルム「アスタリフト」

「何度もトライ&エラーを繰り返してきた。ただそれだけ」――銀塩写真フィルム最大手の富士フイルムが化粧品「アスタリフト」で大ヒットを飛ばしている。ゆるぎないコア事業をもっているがゆえに、市場の落ち込みと軌を一にして低迷を余儀なくされる老舗大企業が多い中、企業の新たな柱となりうる事業を成功させる例はきわめてめずらしい。多くの日本企業のお手本にもなる同社に、好調の秘訣を聞いた。

富士フイルム株式会社
ライフサイエンス事業部商品グループ長 中村 善貞 氏



富士フイルムといえば"フジカラー"で知られるネガフィルム

富士フイルム・中村善貞氏
富士フイルム・中村善貞氏

「実は本格的な化粧品、スキンケア商品を開発する考えは、1980年代からあった。ただし、当時は中核事業の写真フィルム需要が絶好調で、あえてリスクを冒してまで新しい事業に踏み出すことにはならなかった。具体的な開発をはじめたのは2000年頃からだ」(中村善貞 富士フイルム(株)ライフサイエンス事業部商品グループ長、以下同)。

富士フイルムといえば、今も"フジカラー"で知られる写真のネガフィルムを思い起こす人が圧倒的に多い。年季の入ったカメラマニアや写真家なら、富士フイルムの会社名は忘れたくても忘れられないものだろう。太平洋戦争後から東京五輪(1964年)にかけて、日本人にとっては自前のカメラ機で家族や風景を撮影する姿が1つのステイタスとなった。ネガフィルム市場では、長くさくらカラー(当時の小西六写真工業)と富士フイルムのフジカラーによる覇権争いがつづき、ユーザー1人ひとりがこだわりをもってどちらかを支持するという状況があった。

また、富士フイルムの名が、写真マニアだけでなく一般家庭にまで浸透したことには、1986年、レンズ付きフィルム(いわゆる使い切りカメラ)、「写ルンです」の大ヒットもあった。楽しいひとときをスナップ写真として残すことは、日常の習慣として定着していたものの、外出先まで重いカメラを携帯しなければならない。そこにレンズ付きフィルムの入り込む余地があった。高価でむずかしい操作を要求されるカメラを買わずとも、手軽に1枚の写真を残したい。旅先でネガフィルムよりほんの少しだけ高いレンズ付きフィルムを購入し、使用後はそのレンズ付きフィルム本体ごと写真店に出せば現像してくれるという利便性に日本人が飛びついた。

そして毎年、年末になると「お正月を写そう、フジカラーで写そう」のキャッチフレーズで流れるテレビCMが、そのユニークさとおもしろさで当時の風物詩にもなった。この時、「富士フイルム」は、どんな人でも知っている企業名の1つに飛躍したといえる。

写真フィルムと、レンズ付きフィルム「写ルンです」
写真フイルムと、レンズ付きフィルム「写ルンです」

しかし、冷静に考えてみると、これら多くのエポックメイキング(画期的)な事象のほとんどに、「昭和」の香りが漂っていることに気がつく。時代が平成へ移ると同時に、あらゆるものがアナログからデジタルへと変遷をたどった。デジタルカメラがその後の市場を一変させる。自ら世界初のデジタルカメラを開発、製造した富士フイルムは、トップメーカーの1つに数えられたが、一方でどんな人とも、つまりカメラとは縁のない人たちともつながるような接点は次々に消えていった。

富士フイルムは相変わらず元気で好調な業績を維持していたが、その数字の多くを占めたのは光学フィルム、印刷用材料、医療用検査機器や、そのサプライ品だった。そこに登場し、多くの人々を「あっ!」といわせたのが、2006年に市場参入した機能性化粧品、中でも2007年にデビューした「アスタリフト」だった。

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