クオリティマネジメント Quality Management

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HOME > 2012年10月-12月(No.3) > 特集 > 販売後の品質保証―日本の“もったいない”文化を継承するものづくり―「大藤正氏」
特集 日本のものづくりの「人」の力を再考する

メーカーとユーザーの視線が複雑にからむ品質保証の変遷

 

 

大藤 正 イメージ

玉川大学 経営学部 国際経営学科 教授
大藤 正 氏

 

品質保証のあり方は、企業を取り巻く環境とともに、変わってきている。その変化の最大の要因は、やはり製品を使用するユーザーの意識だろう。

メーカーとユーザー、双方の意識・行動が、品質保証の変遷にどうかかわってきたのか。『クオリティマネジメント』アドバイザーでもある大藤正玉川大学教授に、お話をうかがった。

「保証」ではなく「補償」に終始することの懸念

―今日は秋号の特集テーマ、「販売後の品質保証」についてお話をうかがいます。メーカーはお客様が使用に際しての品質の保証を考えて製品をつくっているわけですから、この特集ではアフターサービスだけではなく、設計や製造段階から販売後を見据えた全体的なところを捉えたいと思っています。

まず、最近の企業の品質保証活動に関して、先生が考えているところからお聞かせください。

大藤(以下略):品質という言葉は、もともと製造品質を指していました。ねらいの品質があって、そのねらいどおりの製品品質になっているか、quality of conformanceといわれる適合品質に取り組んできました。それを「製造品質保証」とはせず、製造を省略して「品質保証」といってきたのです。この場合の「品質保証」の「品質」は何か、それは「ねらいと合致している」ことの保証でしかなかったのです。

近年は、その「ねらい」自体の保証、製造品質から設計品質、企画品質、要求品質と源流にさかのぼった品質の保証が求められています。しかし、単に「品質保証」というと、多くの人は今も製造品質のことしか考えていません。企業に行って品質保証体系図を見せてもらうと、製造品質をどう保証するかということだけで、設計品質・ねらいの品質をいかに保証するかは描かれていません。その状況で「品質保証」といっても、不十分ではないでしょうか。

今は「“もの”づくりから“コト”づくり」といわれています。ユーザーによる製品の使われ方にまでメーカーが立ち入って保証することが必要なのです。読者の身近な例はコピー機で、使用状況などの情報がメーカーによって取得され、記録されています。それによって、故障対応やメンテナンスをすばやく効率的に行うことができます。
 

―ほかにどのような取組みが行われているのでしょうか。

自動車でも、そういう動きが出ています。今年6月の「品質管理シンポジウム」で、日産自動車の方が講演で電気自動車のリーフについて話していました。クルマの24時間の使われ方のデータを取ったら、実際に移動手段として使われている時間はわずかで、残りの多くの時間は駐車場に停められていることがわかった。そこから発展して、蓄電池としての使い方が生まれたそうです。リーフ1台で、一般的な家庭の2日分のエネルギー供給を賄えるといいます。今は、移動手段としてより蓄電池、これがクルマの大きな役割になっているのかもしれません。

しかし、電池を使い切ってしまったら、2日間はクルマとしては使えない。そうすると、やはり「コト」の保証を考えなくてはいけないように思います。こうしたテーマでよく話題に上るコマツの「KOMTRAX」は、「コト」の保証を考えています。
 

―ユーザーのもとでの製品の稼働状況を24時間把握していますね。今はそこまで含めた品質保証が必要となっている。単に製品が壊れたから直すというだけではなく、ユーザーの使用状況を把握し、さらにそういう情報を次の製品の改善につなぐ。メンテナンスということだけでは不十分なところもあるでしょう。

かつて「ほしょう」とは、補う・償うという意味をもつ「補償」でした。壊れたら代わりの製品を無償で提供する。それがやがて、保つ・証すという「保証」に移った。しかし、今また「補償」に向かう傾向があるのではないでしょうか。

たとえば先日、私の家で海外メーカーの高価な掃除機を購入しました。数ヵ月経ったころ、妻が「この掃除機は儲かっちゃった」といいます。買ってから3回も故障したけれど、そのたびに新品が届くそうです。あんな高価なものが、1台分の費用で新品3台。だから得をしたように思ったらしいですが、本当にそうでしょうか。最初から3~4台分を見込んだ価格設定をしているのかもしれません。また、回収した壊れた製品はどうなったのでしょう。壊れた原因が追究され、次の製品では解決されているのでしょうか。この方法は、「補償」であって「保証」ではありません。
 

―ユーザーも故障原因に気を留めない傾向があります。

商品の低価格化が進んだことで、ユーザーのほうでも、ものに対しての愛着がもちにくくなり、それが全体の傾向に広がってきたように思います。壊れても新しい製品と替えてもらえるなら、新品のほうがいい、それがあたり前になっています。では、保つ・証す「保証」のことは、どう考えているのか。

極端な話ですが、ある国では、列車事故のあと、その原因追究が不十分なままに車両を地面に埋めてしまって終りということがあります。これは「補償」に近い話です。しかし日本では、なぜそういうことが起こったのかを調べ、二度と起こらないように保証をしてきたのです。ユーザーも、厳しい目でそれを求めてきました。

しかし、企業の多くが、次に取り組んだことはコスト低減でした。効率化によって製品価格を下げられること自体は悪いことではありませんが、ユーザーは支払った価格でものの価値を決めがちです。販売価格5万円を切るPCがどんどん発売されると、壊れたら「直して」というよりも、「新品を買うよ」となっていく。有償で修理に出すよりも、新しいものを買ったほうが安いということもあります。メーカーも修理を受けたがらない。「直せば使えますが、修理費用は5万円で、それなら新品が買えます。新しいほうが性能がいいです」といわれたら、ユーザーも新品を買おうと思うでしょう。
 

―それはたしかにありますね。購入価格と修理代の差があまりないなら、やはり新しいものがほしいというのが心情でしょうし。

一方、逆の例として、吉田カバンをあげましょう。ここのカバンは長く使われることが多い。使っていて直したい部分が出てくると、吉田カバンにもっていけば、どこの工場でつくられた製品かがすぐにわかり、そこに運ばれる。その工場の職人が自分のつくった製品の状態を調べて、新品同様に修復します。そういう製品には、ユーザーは愛着をもつようになり、長く使おうという気持ちになるでしょう。長く使っていると、小さな傷1つにも、何か思い出があるかもしれません。そういう愛着があると、新品に換えてくれればいい、ということではない。それは世界に1つしかないのです。

今やそういう感覚が薄れていて、特集のサブテーマにある「もったいない文化」が今でも息づいているのか、疑問でもあります。お客は100円のものと80円のものなら80円のものを選ぶから、とにかく安くしたほうがいい。それは、ユーザーの意識の変化による結果でもあります。品質保証の考え方がおかしくなってきているように感じますね。
 

―先生のお話は、ユーザーと企業の実態を表していますね。

日本製品は軽薄短小に注力してきたので、いろいろな部分が集積され、メーカーとしては不具合が出ても、その原因を探せなくなっていることがあるでしょうね。僕は、サスペンションが上下に動くクルマを買ったんですが、そこが壊れたんです。修理に出すと、「直しました、修理費はいくらです」といわれて、それを支払いました。そして、同じ問題を2度と起こさないために、どう使えばいいのか教えてほしい、といいましたが、相手は原因を調べていないのです。このユニットを交換すれば直る、このユニットはいくらで、修理費はいくら。それで不具合現象は消えます。それは本当に「保証」なのでしょうか。
 

―壊れた原因を追求していないんですね。

先ほどもいったように、日本の品質管理は、不具合が発生した時、人や環境など外的要因によるものだとか偶発的に起きたと考えて済ませるのではなく、そういったことが品質に影響を及ぼす仕組みに問題があるとしてきました。不適合品を見つけてもそれを処分すればいいとはせず、原因を追求して取り除き、それを皆で共有して二度と同じ不具合を起こさないようにする、この考え方が日本製品のクオリティを向上させてきました。

でも、そういう面が薄れていくと、原因には目をつぶってしまおうとします。それではクオリティは絶対によくならないし、そういう意識の人たちは物質として「もの」はつくれても、運用の部分、「コト」をつくれないのではないでしょうか。

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